ナマコ壁は江戸時代から全国的に広まった左官技術で、日本独自の外装仕上げである。江戸中期以降城郭や武家屋敷を中心に使用され、やがて各地の民家や商家の土蔵の外壁に普及し、特有の景観を醸し出しています。
ナマコ壁は、木造建築に耐火性を求め、平瓦の四隅を間柱に釘で止め、目地に漆喰で固めた壁仕上げである。次第に装飾性が加わり、盛り上がった目地がナマコに似ているためナマコ壁と呼ばれるようになりました。
平瓦の黒と漆喰の白は極端な対比である一方、漆喰と瓦の素材の親和を生み出すナマコ壁は対立と親和を内にはらんだ奥深い仕上げなのです。
ナマコ壁を見るには伊豆半島へお出かけ下さい。全国各地にナマコ壁はありますが、伊豆は密集地として知られ、下田や松崎には良品が多く残されています。
日本の近代建築はナマコ壁という外装仕上げに飾られてスタートしました。ペリーやハリスが下田へ上陸し、居を構えたことから始まりました。
横浜開港の後、アメリカ式の木骨石造り建築用の石材が入手できないので、代用として平瓦を張るナマコ壁を採用することにより、耐候性、耐火性の強化のみならず、そのデザイン性に着目した事でしょう。幕末から明治初期にかけてナマコ壁の洋風建築が主流となったのです。
当時からアメリカ人の建築技師に環境景観との調和を配慮した建築姿勢が確立されていたことが窺えます。
伊豆松崎にはナマコ壁通りが町並み保存されており、その独特の景観を堪能できます。なかでも明治初期の洋風建築といえば岩科学校が有名です。
幕末から活躍した左官、伊豆の長八の代表作でありまして日本一の左官技術もさることながら、ナマコ壁とアーチ窓の取り合わせなど見どころも多くあります。まさに文明開化当時の大工棟梁の進取の気概、職人の技量もうかがえ、建築関係者ならずとも思わず見入ってしまうのではないでしょうか。
近くには長八美術館もあります。 (カネシカ・大岩)